12日のプログラムで弾くロンド。
子供の頃は、よく皆が弾いていたが、弾いた事は無かった。
87年に、春に「ビンヤードシアター」デビューと、秋に、自分で頼んだオーケストラをバックに、ロンドを初めて弾いたのを覚えている(その年は、その二回しか公演が無かったから)。
それ以来の、ロンド。テーマのフレーズが、何度も繰り返される。
モーツアルトの故郷ザルツ。
その山奥での「ヴェーグ」クラスは、世にも変わった弓の弾き方をしていた。
モーツアルテウム音楽院のヴェーグは、
天才的な、そして超偏屈な爺さん。
学校で彼が教えていたのも凄いが、隣のクラスは、アーノンクール。有り得無い時代。
「違う!音楽が小さい!!」
ヴェーグのレッスン。
楽譜にブスブスと鉛筆を突き刺し、引きちぎらんばかりに怒る怒る。噴火して死ぬんじゃないかと思うほど。
どうすりゃいいかは、こちらはわからない。
「昨日も来て、また何で来たんだ!!出来てないじゃないか!!」
と、怒る。
昨日は、何を言われているのか、わからなかった。でも、今日は何か、解るかも知れないから…、と来てみる。
モーツアルテウムでの「レッスン」はしょっちゅうは無い。時々、3日間行われる。一日3人。希望者は申し出る。
ヴェーグのレッスンには、世界中から、名だたる演奏家から、近所の?誰かさんまでまちまち。50人程のウェイティングをすっ飛ばして裏口入学。
ここに来て、初めて音楽の道に目覚める26才の夏(もちろん仕送り無し)。
それまで無料だった、ドイツやオーストリアの音楽院が、あまりにも日本人とか多すぎて、外国人だけ、有料化になった頃。
それでも、半期5万?だった。安い。
レッスン受け放題。
だから、たまに、生徒が病欠になると、
そこにすかさず入り込む。毎日もぐり込めれば、3回レッスンが受けられる。
8年通ったミルシテインもギトリスも、
あまりにも自分の想像していたバイオリンと違いすぎて理解不能。
なので、ザルツの二年間は、他の生徒のレッスンというレッスンを、全て見た。大袈裟でなく、本当に全て。
自分がレッスンを受けている時は、正直、よく理解できない。
ところが、他人のレッスンを客観的に見ると、
それが下手くそな演奏であれ、ヴェーグの頭の中を覗くには役にたった。
二年もすると、だんだんヴェーグの言う前に、何を言うか当てられる様になって来た。
「極東で、俺の音楽を伝えろよ。」
別れ際に言われた。でも、その後ずっと、
その使い道が無く。
ベルリンフィル・アンサンブルのソロを引き受けなければ、思い出しもしなかった。
ロンドは、12日に。
ロンカプ、ロマンス、チゴイネル、ジャズ、バロック風オリジナルの中から、3曲。
11、12紀尾井、14福銀、16いずみで。
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