『それでも恋するバルセロナ』個人的感想・評価

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それでも恋するバルセロナ

<映画レビュー>
【奥様の名前は『サマンサ』 そしてダンナ様の名前は『ダーリン』 ごく普通の二人はごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。でもただ一つ違っていたのは『奥様は魔女』だったのです。】このフレーズを、思いだしました。

まるで『奥様は魔女』のような昔のアメリカTVドラマ的ナレーションから始まり、主題歌“バルセロナ~”のフラメンコギターの強弱あるリズムで物語は進んでいきます。

冒頭からヴィッキーとクリスティーナの対照的な性格をナレーションで説明していますが、わかりやすい“対比” が一つのキーワードのように感じました。ヴィッキーは、カタルーニャの修士論文を書き終え、卒業後はキュレーターか教師になるつもり、というくだりの、すぐ後のシーンで二人は一般観光客の様に、ごくごく普通の観光をします。その映像にかぶせて、【特にカウディとミロに感動した】という小馬鹿にしたようなナレーションが入るのですが、その “特に感動したというサクラダファミリア”、実はろくに映されていない!頭とお尻だけ。これを、わざと気付かせるように演出しているところが、なんとも小憎ったらしく、小腹をくすぐられます。

台詞のなかにも。クリスティーナは愛の定義をテーマにした映画を “12分で撮った” といい、マリアは “人類は数千年の文明を経ても愛を知らない” という。この対照的な恋愛感を持つ二人がエロオヤジと三角関係になるわけですが、三角ではなく、円関係。情熱的でセクシーなマリア、彼女がなせ事件を起こすかというと。。。

ツンデレなぺネロぺ・クルスの強烈キャラに持っていかれてしまったようにも見えますが、いやいや、どうして。この、間の抜けた、ぽや~んとした人のイイ、(もしくは都合のイイ)スカーレット・ヨハンソンがなんとも可愛らしくてね。ほとんどの女性はヴィッキータイプ?バルセロナに到着した時、バルセロナを出発する時の、ヴィッキーとクリスティーナの対照的な表情にもクスクスと笑ってしまいました。

監督&脚本がウディ・アレンなので、持ち上げたり落としたりする小笑でお腹がかゆい。皮肉とユーモアたっぷりのラブコメ、ぜひご覧くださいまし。

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