東儀古澤上妻ツアーの、お馴染みのミュージシャンの二人。
ピアノの阿部氏と、ドラムの萱谷(かやたに)氏は、岡山の同じ小学校に通った幼馴染み。
クラスは違うのに、音楽の先生の粋な計らいで、二人は出逢う。
そして何故か二人は、共に、便所掃除係。
見ての通り、真面目な阿部ちんは、毎度きちんとお掃除をした。
一方、萱谷君は、サボる。
阿部ちんは、持ち前の正義感から、それをいつも先生に言いつけ、
萱谷君は繰り返し、廊下に立たされていた。
その「掃除係」は常に、三人体制で行われていた。
毎日毎日、真面目に掃除をするうちに、
聡明な阿部少年は、ある事に気付いた。
(何か、おかしい… 。)
毎日毎日、掃除するものだけが気付く、第六感。まさに、事件の臭いが漂う。
その日、いつものように阿部少年は、トイレの神様に感謝しながら、器を磨いていた。
また萱谷君は、サボっていた。
「おい、阿部ちん、見てみろよ。やってくれたぜ、こいつ、いったい何食ったら、こんな〇〇〇が出るんだ?」
阿部は、知っていた。
もうずっと前から、
決まった位置に、それも毎日、決まった角度で、
事もあろうに、何故か器の外に残される、その「印」。
育ちの良い阿部には、そのお下劣な「事件」を、誰にも話す事ができず、
今の今まで、そっと自分の心の中に留めておいたのだが… 。
勿論、サボってばかりいる萱谷など、知るよしも無かった。
と、その時。
何かを決意したように唇を噛み締め、阿部はキッパリと言い放った。
「先生に言おう。」
すると、慌てて萱谷が
「おい、俺じゃないよ!また告げ口すんのか?」
阿部は無言で、サンポールの蓋をギュッと、いつもより強く締めていた…。
「それは由々しき問題だ。」
担任の水野(実名)は呟いた。
「よし、先生にいい考えがある。」
もう水野の頭の中では、「太陽に吠えろ!」のテーマ曲が鳴り響いていた。
「君たちに張り込みを命ずる!」
あまりに以外な命令に思わず、阿部と萱谷は顔を見合わせた。
そして、みるみる笑顔になり、
「ボス、至急現場に直行します!」と、二人は駆け出した… 。
その日から、「張り込み」が始まった。
小学生が張り込みなんて、ワクワクするに決まっている。
ましてや、真っ昼間の授業中に交代制で。
クラスメイトの恨めしそうな視線を痛い程浴びながら、授業中を問わず向かう、「張り込み」。
なんと言う優越感。
阿部少年はこの時程、便所掃除係である事に誇りを感じた事は無かった。
もうこのまま、自分は便所掃除人になってもいい、とまで想った… 。
「来たぞ!」萱谷が小さく叫んだ。
興奮の余り、プルプル震えている。
確かに誰かが、近づいて来る。
誰だ?顔がよく見えない。知った顔か?
うまいこと、自分達に気付いていないようだ。
「水野先生を呼んでくる。」
萱谷が音も無く離れた。
容疑者は目前。どうやって捕まえたらいいんだろう。先生、早く… 。
まだ幼い阿部には、時があまりに長く感じられた。
一人残された少年の心臓は、今にも飛び出しそうになっている。喉もカラカラだ。そして、臭い。
く、苦しい。どうしよう?もうろうとしてきた… 。
と、その時。
バァーン!と、大きな音と共に、水野先生が飛び込んで来た。
そして、半ズボンを半分降ろした、「ターゲット」に、バッチーン!と必殺のビンタが決まった。
これが事の一部始終。
事件も一件落着、と思いきや、
実は、その少年は、犯人ではなかった。
可哀想に、たまたま前の晩に飲みすぎ、授業中に御手洗いへ来てしまったらしい。
ビンタ損な、哀れなお話。
阿部ちんと萱谷君は、今も共に音楽を奏でている。
幼馴染みの話を聞いた夜。
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